安徽省の武王墩墓から古代の「蒸し鍋」5點が出土
ソース:中國國際放送局作者: 2025-02-08 10:31
中國東部安徽省淮南市にある武王墩(ぶおうとん)1號墓のフィールド考古學(xué)調(diào)査がこのほど終了し、さまざまな文化財1萬點余り(セット)が出土しました。その中には青銅製の甗(げん:古代中國で用いられていた炊器、祭祀用の禮器)が5點含まれており、一つの陵墓からこれほど大量の青銅甗が出土したことは同時期としては珍しいとされています。
武王墩墓は壕に囲まれた大型の獨立陵墓で、面積は約150萬平方メートルです。陵墓の規(guī)模と構(gòu)造、出土した文化財および文字資料などに基づいて歴史文獻と照らし合わせた結(jié)果、陵墓の主は中國戦國時代の楚の國の君主、楚考烈王(在位:紀元前262年~紀元前238年)であると判定されました。
甗は元々は器物を組み合わせたものに由來し、下部が鬲(れき:古代中國で用いられた中空構(gòu)造の三足を持った沸騰器)または鼎で、湯を沸かしたり、肉類の煮炊きをすることができ、上部は甑(こしき:古代中國発祥の、米などを蒸すための土器)で、その底に穴が開いており、蒸気で穀物を蒸すことができます。現(xiàn)代の蒸し鍋の原型とされます。商周時代(紀元前1600ごろ~前256年)、栽培が狩猟と採集に取って代わり、人々の主要な食料源となり、そうした生活様式の変化に応じて、甗などの蒸し器が普及するようになりました。中國最古の禮書の一つである『周禮』で取り上げているいわゆる八種類の珍味「八珍」のうち、「淳熬」と「淳母」とは、いずれも肉味噌を米あるいはモチアワのご飯にかけたもので、古代版の「かけご飯」と言えます。
武王墩墓から出土した5點の青銅甗は、形も器物の表面に施された紋様もすこぶるシンプルで、戦國末期の器物によく見られるスタイルですが、よく調(diào)べてみると、そのうちの1點には大きな違いが見られます。秘密はその足の膝の部分にあり、立體的な獣首(頭)が付いた膝の裏には仕掛けが隠されており、3本の足を90度折りたたむことができます。これにより、青銅甗は瑞獣のように立ち姿から臥せた姿に変わることができます。このような折りたためるデザインは今日ではありふれたものですが、青銅器時代には極めて珍しく、材質(zhì)と加工技術(shù)には非常に高い要件が求められます。
専門家は、このような折りたたみ青銅甗は、持ち運びしやすいため、文獻に記載されている「行器」ではないかと推測しています。これらの器物は陵墓の主である考烈王と共に、他國の討伐や盟約、狩猟や祭祀の際に持ち運ばれて波亂萬丈の人生を過ごした後、死後も考烈王のそばで靜かに眠っていたのかもしれません。
編集:董麗娜
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