中國の技術(shù)考古學(xué)チーム 6世紀の帝王の生前の顔を復(fù)元
ソース:中國國際放送局作者: 2024-04-01 15:01
中國上海にある名門大學(xué)の復(fù)旦大學(xué)の科學(xué)技術(shù)考古研究院と陝西省考古研究院は28日、中國の南北朝時代に鮮卑系の宇文氏によって建てられた北周(557~581年)の武帝?宇文邕の生前の容貌の「復(fù)顔」およびその他の考古學(xué)成果を発表しました。中國で科學(xué)技術(shù)を用いた考古學(xué)の手法で歴史上の帝王の生前の容貌が復(fù)元されたのは初めてとのことです。
△北周武帝の「復(fù)顔」
史書の記載によると、宇文邕(在位:560~578年)は鮮卑系の出身で、中國北部を統(tǒng)一しました。さらに北方の遊牧騎馬民族の突厥を平定して江南地方も手に入れようと野心的な計畫を定めたものの、志半ばで若くして死去し、武徳皇后とともに現(xiàn)在の中國北西部の陝西省咸陽市にある孝陵に葬られました。
復(fù)旦大學(xué)科學(xué)技術(shù)考古研究院の文少卿氏のチームは武帝の肢骨サンプルから約100萬の利用可能な遺伝子座を取得し、武帝の髪、皮膚、瞳孔など顔の重要な特徴を再現(xiàn)しました。6年間の試行錯誤の末、宇文邕の生前の顔を「描く」ことができたとのことです。復(fù)元された顔の畫像によると、宇文邕は黒い髪、黃色を帯びた肌の色、茶色の目をしており、典型的な北東アジアや東アジア人の顔立ちであり、人々が想像していた鮮卑族の、髪とひげが生い茂り、髪の色が黃色っぽく、彫りの深い顔立ちの姿とは大きく異なるということです。
宇文邕の姿は唐代の畫家の閻立本の『歴代帝王図巻』にも描かれています。閻立本が描いた北周の武帝はふくよかな顔をして豊かな體型ですが、このたび復(fù)元された宇文邕の容貌はやせていて精悍です。
文少卿氏は「北周武帝の家系図によれば、彼の祖母である王氏は北方の漢民族である可能性がある。鮮卑族の形成は、動的な多民族融合のプロセスであっただろう」と語りました。
復(fù)旦大學(xué)歴史學(xué)部の韓昇教授は、「南北朝時代は中國の歴史において後世に大きな影響を及ぼす民族大融合の時期だった。技術(shù)考古學(xué)は歴史研究に証拠を提供しただけでなく、多元的かつ一體的な中華民族に対する理解を増進した」と指摘しました。
編集:董麗娜
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